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fujiyan
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2008年05月09日

このプロジェクトが始まるまで

 安曇野市が発足して早2年余。
 私(はるか父)は、研修により今の職場は離れていました。その代わりに髭の兄さんが私の職場に研修にきました(いわゆる人事交流)。お互い研修が済み、元の職場にそれぞれ戻りましたが、髭の兄さんは、安曇野に住を築き共に安曇野市民となりました。幸か不幸か、子どもが同じ年で、同じ小学校。これも縁か、スキーなどに子ども連れで遊びに行く仲になっていました(以前は単なる飲み仲間)。
 髭の兄さんは東京の中野に生れ育ち、長野県に就職(いわゆるIターン)。なぜ長野県なのか、それは彼の母親が旧豊科町の出身だったのが大きいな要因ではないかと思う(本人には確認したことがないが・・)。
 さて、このプロジェクトが発端だが、彼と子ども連れでスキーに行ったとき、リフトに乗っている最中の会話のなかで彼は「幼少のころ、母の実家に遊びに行った時、あたりはレンゲ草で満ち溢れていたよ。なあ、昔みたいに安曇野をレンゲでいっぱいに出来ないかなあ」と語りかけてきました。私は「ふ~ん、レンゲね」と聞き流していました。なぜなら私はあまりレンゲ畑で遊んだという記憶がなかったものですから・・・。
 それから数週間後のある朝、地元有力新聞を読んでいると”安曇野地域住民ネットワーク「間伐材で鉢カバー」臼井吉見文学会に寄贈“との見出しの記事。ふ~んとよく読んでみるとプラスチック製のプランターに間伐材で作ったプランターカバーを寄贈したとの事。さらに読み続けるとプランターに植えているのは臼井吉見がこよなく愛した「レンゲ」とのこと・・・・。
 「えっ、レンゲ !! 」 こんな近くで「レンゲ」を育ている方々いるなんて。早速私は、たまたま知り合いだった安曇野地域住民ネットワークの代表渡辺さんに電話をしました。「渡辺さん、今朝新聞を見まして、レンゲを育てているですね」「そうだよ、それがどうかしましたか」「実は安曇野にレンゲ田を復活させたいという話があるんですけど」「それはおもしろそうだね」
 こんな感じでこのプロジェクト始まりました。

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